ニュースななめ読み『選択(選択出版)』『東洋経済(東洋経済新報社)』ほか

雑誌のニュース記事を読んだ感想をつらつらと書いています。

「リキッドバイオプシー」はがん検査の革命か

2つの雑誌で、ほぼ同時に「リキッドバイオプシー」という見慣れない新語が登場した。

1つは、選択出版の『選択』2月号。

www.sentaku.co.jpもう1つは、朝日新聞出版の『AERA』2月11日号。

publications.asahi.com

 

従来のように、生検で体の組織の一部と採らなくても、採血だけで様々ながんの早期発見を実現できそうな新手法ーー、どちらもそう伝えている。

リキッドバイオプシーとは、血液などの体液(Liquid)による「生検」(Biopsy)のカタカ英語。

血液だけで、どのようにしてガンを発見するのか。

AERAによると「ひとつは、血中に流れ出てくるがん細胞、CTCを調べる手法です。もうひとつは、がん細胞から流れ出たDNAのかけらを調べるというもの」だそうだ。詳細は専門的なので省くが、簡単にいうと、体のどこかにがんが発生している場合には、そのサインとなるものが血液に含まれており、ごく微量の血液からでもそのサインを見つけ出せるようになりそうだ、という話。

『選択』によると「この技術はまだ初期段階とはいえ、結果は驚くべきものだった。肝臓がんや卵巣がんでは、ステージ1でもほぼ100%検出できた」という。改良が進めば、患者が多い肺がんや、致死率が高い膵臓がんでも早期発見が可能になるだろう、と予想している。

一方で、AERAは「『夢の検査法』ではない」と断り、「現時点でリキッドバイオプシーを行っても、遺伝子変異が検出され自分に合致する薬が見つかる確率は、わずか5~10%程度」と暗い現状を伝えいてる。

ただ、そういう難点も、日進月歩、いや分進秒歩の速度で改善されていくだろう。問題は、そうした最先端の研究が日本ではなく、毎度のことながら米国など海外で進んでいることだ。

科学技術立国を目指す、と安倍政権は言うけれど、実態が伴わないのは、これまた毎度のことである。

 

胸部X線写真「肺がん検診」は何のため?

とかくに日本人は非合理な性格である。

世界では「無駄」と結論付けられているがん検診を、金科玉条のように墨守して続けている、と知って、改めて国民性を考えさせられた。

www.sentaku.co.jp『選択』1月号(選択出版)の記事によると、健康診断の際に撮る胸部X線検診で、がんの早期発見ができるのは、30%ほどだという。「世界的に有名な臨床医向けのマニュアル「UPTODATE」によれば、なんと全ての臨床試験で、X線検診の効果は確認できなかった。(中略)この事実は、X線検査の感度が悪く、多くの早期がんを見落としている実態を示す」と記事は指摘している。「見つかるのは進行がんで、根治や延命は期待できない」とも。もちろん例外はあるのだろう。ただ、例外のために、莫大な費用をかけて大々的に検査をやって、果たして費用対効果は見合っているのだろうか。

世界では、高齢の喫煙者など肺がんのハイリスク群に絞り込んで「低線量CT検査」というのを実施しているという。通常のCT検査に比べて、4分の1程度の被爆で済むそうだ。これで肺がんによる死亡のパーセンテージを下げることに成功しているという。

日本では、なぜ胸部X線写真にこだわるのか。

おそらく、その効果については、誰も関心がないのだろう。あるのは、検査機器を納めるメーカーの利益と、購入した以上は稼がないと、とガメつく考える医療機関、前例踏襲が一番楽な厚労省の、身勝手な思惑だけではなかろうか。

医療費の膨張が指摘され、社会保障の破綻が危惧されている。しかし、こうした効果のない検査にジャブジャブ公金を投じている無駄が、まだまだたくさんあるようだ。医療行政と現場に、優秀なコストカッターを据えれば、医療費の抑制は十分に可能だと思われる。

医師会のような既得権益者をいかに封じ込め、効果と効率の意識を高める医療政策・行政を進めることが、日本医療の崩壊を食い止める唯一の策であろう。

豚コレラ騒動の次は「アフリカ豚コレラ」

東京で「全国紙」というのばかり読んでいると、バカになる。世間のことに、かえって疎くなるーー、そう思えてならない。

 

岐阜県で12月23日から24日にかけて、大規模養豚場で「豚コレラ」の感染が確認され、7500頭の殺処分が必要となったと報じられた。驚くことに、自衛隊に部隊を派遣するよう要請したという。すさまじい出来事ではないか。

問題は、岐阜の豚コレラが、昨日今日始まった問題ではないこと。

何か月も前から、県および中京地区、畜産業者の間では大ニュースになっていたのだ。

なのに、全国紙(テレビのキー局も)はこのことをほとんど報じていない。豚の疫病であって、人間には感染しないから、というのが呑気に構えている理由なのだろう。

 

しかし、これが日本人の食卓、毎日の食事を大きく揺るがす可能性が大であることを、月刊誌の『選択』(選択出版)は12月号で詳細に報じている。

www.sentaku.co.jp

記事の中心は、今、中国で感染拡大が続いている「アフリカ豚コレラ」(アフトン)の話だ。従来の豚コレラとの違いは、アフトンには予防のためのワクチンがないこと。つまり、日本でひとたび感染が始まったら、殺処分以外に食い止める方法はない。豚コレラには、ワクチンがある。ただ、これを使って対処すると、日本は豚コレラの「汚染国」と認定されてしまうそうだ。

汚染国は、非汚染国への豚肉の輸出ができなくなるだけでなく、同じ他の汚染国からの豚肉の輸入を拒めなくなるという。つまり、日本が豚コレラの駆逐のために努力している最中に、感染豚肉が輸入されてくるというリスクを抱えるわけだ。豚のエサになる残飯に感染肉が入っていればアウト。感染の火種はくすぶり続けることになる。

 

全国紙では知りえないが、岐阜県は初期の対応を大幅に誤り、今の騒動につながっているという。県産豚の大元「タネ豚」を飼育している厳重管理の県施設でも、豚コレラが発生。県民の宝、資産である高価なタネ豚まで殺処分となってしまったのだ。

従来型の豚コレラでも、この体たらく。ましては新種のアフトンが感染拡大を始めようものなら、鹿児島、宮崎のような養豚王国は、パニックに陥るだろう。2010年の口蹄疫流行の時の悲劇の再来である。

 

日本列島には、同じく豚コレラに感染する野生のイノシシが増えすぎた。これも感染拡大の要因となろう。アフトンは、2019年、必ず日本に上陸するだろう。G20会議やラグビー・ワールドカップなど、世界中から人が集まる国際イベントが目白押しだが、深刻な影響が出る可能性も秘めていることを、全国紙の農業担当記者は勉強しておくべきだろう。

東大病院で手術の「練習台」にされた患者

妙なホラーより、はるかに背筋が寒くなる話である。

『選択』12月号(選択出版)が報じた、東大病院での手術死亡事故の隠蔽事件。カルテやX線写真の画像が散りばめられていて、非常にリアルな内容だ。

www.sentaku.co.jp事件は拡張型心筋症の治療のため入院していた患者に起きた。

東大病院の循環器内科の医師たちは、この患者に対して、今年4月に保険適用となったばかりの新たな医療機器を用いて手術を行った。

「マイトラクリップ手術」と呼ばれる方法は、しかし「心機能が低下した患者では、効果が期待できないばかりか、治療が命取りになる」という。患者は、この手術を適用してはいけないレベルの状況だった。

おまけに医師たちは未熟だった。カルテに記述が生々しい。

「何度通電しても穿刺(心臓に穴をあけるために針を刺すこと)できず」「可変式カテーテルなどを使用するも穿刺できず、これ以上の手技継続は合併症のリスクを考慮し、本日の手技中止とした」

つまり、何をやっても全然うまくいかず、「もう止めた」というわけだ。

関係者は「あれは手術ではなく『人体実験』の果てに引き起こされた人為的な事故だ」と語っている。

手術後が、またひどい。

カルテには、「術後胸部xp(X線写真)は特に問題なし」と記している。しかし記事に添えられたX線写真には、「気胸」つまり肺に穴があいて空気がもれていたり、血がたまったりしている状況が写し出されているのだ。専門医は「心房中隔を狙って打つべき電磁波を、心房壁の別の場所に向かって打ち、肺に穴を開けてしまったのだろう」と推察している。「そうであれば、まぎれもない医療ミスである」。

患者は手術後、わずか2週間ほどで死亡した。

遺族である母親に対する扱いが、またひどい。

病院側は、母親を「認知症」だと決めつけ、手術や死に至る経緯をロクに説明していない。そして、母親に解剖を諦めさせ、火葬してしまったのだ。「本人は認知症の診断は受けていない」と否定しているという。

さらに病院は、患者の死亡診断書でも隠蔽工作を働く。なんと死因のところには、「病死及び自然死」のところに丸をつけているのだ。「未婚独居」だった患者は、東大病院にとって好都合な存在だったのだろう。「失敗しても、文句を言ってくるのは母親くらい。なんとでも丸め込める」と。

記事の内容は、おそらく本当なのだろう。証拠がきちんと示されているからだ。

これは果たして医師、というか人間の所業なのだろうか。東大病院に入院してしまったばかりに、手術の実験台にされたあげく、闇に葬られてしまったーー。こんなことが許されていいのだろうか。

小池百合子の学歴詐称疑惑を追う作家

今やすっかり影が薄くなった東京都知事小池百合子

なのに、いまだにその学歴を疑問視し、追求し続ける人が相次ぐのは、ご本人の人柄のせいなのだろうか。

サンデー毎日11月25日号では、経済小説などを得意とする作家、黒木亮氏がアラビア語を学んだ立場から告発している。

サンデー毎日11月25日号は11月13日発売 | 毎日新聞出版

まず、黒木氏の学歴に驚く。「早稲田大学法学部時代の競走部に所属し、2年連続で箱根駅伝を走る」と略歴にある。文武両道ということか。卒業後、三和銀行に入った後は、カイロ・アメリカン大学に留学し、同大学院まで進み、修士号を取得したという。難解なるアラビア語を学ぶだけでも大変であろうに、修士号まで取ったというのだから、相当な秀才なのだろう。

努力の人ゆえに、卒業もしていないくせに「カイロ大学を首席で卒業」と喧伝する小池百合子がいよいよ許せないということのようだ。

そのツッコミは、専門的で激しい。

「小池氏のアラビア語を検証するにあたっては、氏が原稿を見ないで話している3つのインタビュー(ドバイの「アル・アーンTV」、エジプト国営衛星放送、クウェートの「チャンネル1」)の動画を見たが、『よい面会』を『美味しい面会』と言い違えるなど、短いインタビューの間に数多くの、しかも初歩的な間違いをしている」

このインタビューを一緒に見たエジプト人ジャーナリストは「これはストリート・アラビック。大学で学んだ人のアラビア語では絶対にない。日本で6か月やった程度のレベル」と評している。

なのに小池は、あったはずの卒論も出さず、ないはずの軍事訓練を受けたと主張し、首席で卒業したと今も言い張っているのだ。

小池が示す卒業証書にも、黒木氏の追求は容赦ない。一番笑えたのは「敬称に『サイイダ』(ミス)ではなく『サイイド』(ミスター)が、生年月日を示す『生まれ』にも『マウルーダ』(女性形)ではなく、『マウルード』(男性形)」というくだり。どうやら、男性の別人の卒業証書を拝借したようなのだ。黒木氏は「小池氏が卒業証明書だとしているものは、少なくとも私には、出来の悪い『玩具』にしか見えない」と斬って捨てている。

東京都知事という要職に、選挙で選ばれて就いている人だ。ここまで書かれては、きちんと反論しないわけにはいかないだろう。小池の学歴が本当だというのであれば、名誉棄損で裁判所に訴えてもおかしくない記事だろう。

いまだに小池の反論すら聞こえてこないところをみると、頬かむりで逃げるようだ。こんな程度の人を都知事に選んでしまった、都民の民度が問われる話だ。

 

「横田空域」空の占領地を問題にせぬ保守勢力

こんな不条理が、平気で許されていることに驚く。

敗戦から73年が経つというのに、いまだに日本の空は米国に「占領」されたままなのだ。

www.sentaku.co.jp

横田空域というのは、東京都、栃木、群馬、埼玉、神奈川、新潟、山梨、長野、静岡各県に及ぶ、広大な空の空間のこと。「横田基地周辺の上空」ではない。『選択』の記事の挿絵をみると、その広さがよく分かる。

日本政府は、2020年の東京五輪までに、「都心の上空を飛行させる新ルート」を設定し、羽田空港発着の国際線の増便を実現させようと、米側に持ちかけた。ところが「管制権を持つ米側が横田空域の通過に合意していない」と報じられ、ニュースになった。

日本人の多くは、おそらく事の重大さを理解していないのだろう。

横田空域、というか日本領空は日本のものだ。管制権もなにも、日本の施政下にあらねばならないはず。なのに、米側が合意しないと、民間航空機を通過させられない領空が、日本には厳然と存在するのである。「空中の米軍基地」といえばよいだろうか。つまり、その空間は米国に占領されたままなのだ。

これ、沖縄の基地と変わりないではないか。なのになぜ、普天間辺野古だと延々ニュースが続くのに、広大な横田空域については、返還運動や報道が起きないのだろうか。なぜ、右翼も左翼も、もっと騒がないのだろうか。

安倍首相は、トランプ大統領と大の仲良しらしいが、横田空域の返還や利用に向けて、何か協議を進めているのだろうか。残念ながら、そんな話はついぞ聞かない。日頃、保守政治家であることを喧伝し、「日本を、取り戻す。」と勇ましい安倍さんだが、だったら取り戻してくれよ、といいたい。

羽田空港の国際便離発着が増えれば、便利になるし、経済にも良い効果が出るはずだ。なのに、米国におうかがいをたてて、かつ合意してももらえない。戦争に負けるとはこういうことなのかもしれないが、ドイツやイタリアは米国に「空」を献上したりはしていないという。やはり、日本だけがいまだに属国ということなのだろう。

日本の保守勢力というのも、何を守ろうとしているのか、よく分からない存在である。

 

二階幹事長と菅官房長官の「褒め合い」記事

気色悪い記事である。

週刊現代』11月10日号に出ていた「二階俊博×菅義偉 安倍政権のこれからを語る」という対談記事。政権の中枢にいる2人が、お互いを褒め合い、安倍首相も褒めちぎるという、実に権力べったりの記事だ。

司会の篠原文也氏が「まずはお互いの人物評を聞かせてください」と水を向けると、二階「一口に言って、大変な人格者」、菅「何を持っていっても面倒をみていただける」と相思相愛ぶりを強調。

安倍総理とはどういう政治家ですか」との問いかけには、菅「やはり、よく気配りをされる方ですよ」と応答。それは、いわゆる「お友だち」に対してだけではなかろうか?異論を唱える人に気配りするところは、残念ながら確認されていない。

そして二階「非常に柔軟だし、人の意見を聞くという姿勢を持っておられる」。なるほど、それは立派なことだが、安倍さん本人に中身がないから、人の言うことを聞く場面が多いのでは?と勘繰りたくもなる。

司会者もヨイショする。「ポスト安倍世論調査をやると菅さんの名前がよく出てくる。私は有力候補だと思います」と、質問ともつかないことを言い出している。

これを受けて二階「いいんじゃないですか。(語気を強めて)いいと思います」と菅を持ち上げる。菅の方は「私はまったくないですよ」と煙に巻いてはいるが。

やや本音かな、と思われたのは、菅の「私は幹事長と政局観がほとんど一緒なんですよね。だから幹事長とは何も相談する必要はない」というもの。政局観はともかくとして、結局のところ2人は最近、あまり相談はしていない、という間柄を示唆している。

司会者の最後のヨイショは笑えた。「私は(二階・菅は)政界の絶滅危惧種だと言っています(笑)」との言葉に、二階「なんで私が絶滅危惧種なんだ。私は絶滅なんかしませんから」と答えて記事は終わっている。冗談なのか、ムキになったのか。後者であれば、自らの老いと衰えゆえの焦りを感じているのだろう。

残念ながら、国民の一定数は、二階のような政治家には絶滅してほしいと考えているのではなかろうか。