ニュースななめ読み『選択(選択出版)』『東洋経済(東洋経済新報社)』ほか

雑誌のニュース記事を読んだ感想をつらつらと書いています。

ウイグル人民族弾圧の壮絶

知ってはいたけど、ここまでとは、と驚かされた。

www.newsweekjapan.jp

ニューズウィーク10月23日号のウイグル弾圧に関する特集で、改めて実態を克明に伝えている「再教育という名の民族弾圧」を読んで、暗澹たる思いがした。

記事によると、「研究者らの推定では、既にウイグル人の成人人口の5~10%が罪状なしで(強制収容所)に収容されている」という。中国政府は、強制収容所ではなく「再教育施設」と呼ぶらしいが。

さらに「ある地区の警察関係者はアメリカの短波ラジオ放送「RFA」に対し、住民の40%を収容所に送ることになると述べた」というから、もはや隠し立てをするつもりもないようだ。「20~50歳の男性はほぼ全員が対象」だとするなら、もはや狂気の沙汰。ウイグル人社会は機能しなくなるではないか。

解放された人が「拷問に等しかった」という収容所はでは、共産党のスローガンの復唱や儒教の学習、食前の祈りに代えて習近平への感謝をささげることなどが強要されているという。人間の尊厳を踏みにじるこのような行為が、世界第2位の経済大国で堂々を行われていることに、吐き気をもよおす。

記事では、収容所の重要な役割として、「社会のある層の人々を丸ごと拘束する」という狙いがあるという。「少なくとも3つの県では、1980年から2000年の間に生まれたウイグル人のほぼ全てを『信用できない世代』として連行した」という報告があるという。法も正義もあったものではない。

さらに小見出しには「ナチス強制収容所以上」との一文が。「ウイグル人再教育施設の収容者数はナチス強制収容所における最大値ー(中略)1945年当時の収容者は71万4211人ーを上回っていた」というから、これは人類史上最悪の民族弾圧ということになる。

記事の筆者は、「ウイグル人全体が『改善不能』と見なされるかもしれない。(中略)つまり『民族浄化』も選択肢になるということだ」と結んでいる。アウシュビッツの再現が、現代で起ころうとしているのだ。それも日本のお隣で。

米中貿易戦争の影響で、習近平は今、日本との関係改善を渇望している。しかし、このような人権蹂躙に目をつぶって日本が中国と接近するならば、国の道義が疑われることになる。安倍首相の訪中は近いが、今、習近平に会うのなら、ウイグル人問題に必ず触れるべきであろう。保守政治家としての安倍さんの胆力が試される。

「クラシックに未来はあるか」という愚問

雑誌が売れない理由が、よく分かる特集である。

http://www.chuko.co.jp/chuokoron/newest_issue/index.html

中央公論」11月号の第2特集、「クラシックに未来はあるか」を読んで、旧態依然の論考に呆れ果てた。

片山杜秀という音楽評論家と大友直人の対談が、全くもって読み甲斐がない。

「クラシック界の未来」が危惧される理由は、①助成金が先細ること、②「今、クラシックの演奏会に行っている人たちが足腰が立たなくなったらN響だって東京都交響楽団だって、定期演奏会の会場ががらがらになる」、つまりファンの高齢化、だそうだ。

何を言っているのやら。

繁栄の時代は終わり、これから少子高齢化人口減社会となる日本では、高尚な文化であっても助成金頼みで生きながらえるなんぞ、虫の良い話でしかない。いや、そもそも助成金が細っても、例えば橋下徹に苛め抜かれた文楽のように、今は大変な人気で、チケット入手も難しい状況にまで持っていった古典芸能もあるではないか。甘えるな、という話である。

第2に、ファンだけでなく社会全体が高齢化するのだから、クラシックだけ未来が暗いわけではない。そんな中でも、次世代のファン層を開拓する努力を続けるより他になく、それができないなら滅ぶしかない。自然淘汰である。

「日本にオペラは根付かないのか」との小見出しの後、大友某が酷いことを述べている。

「今から25年ぐらい前、バイロイトの祝祭劇場で初めて、10日かけて『ニーベルングの指環』四部作全部と『トリスタンとイゾルデ』を見て、その時私は、ワーグナーの楽劇を自分でやる必要はない、と思ったのです。(中略)これはこの人たち(欧州人?)に任せておけばいいや、と心から思えたのです」

こんなつまらん人物が、日本を代表する指揮者、という点で、日本のクラシック界は終わっている。衰退させたのは、この種の権威たちに他ならない。

こうした体たらくの一方で、若い人たちはちゃんと育っているようだ。

『選択』8月号には、菅尾友という若手のオペラ演出家の活躍ぶりが詳述されている。

ドイツ・オペラ界に 日本人の「新星」 | 【公式】三万人のための総合情報誌『選択』- 選択出版

菅尾は「独語圏演出家として王道に乗る」存在だという。日本人というよりはコスモポリタン。日本クラシック界の枠なんぞに収まろうとせず、本場で本物になろうという人物のようである。

『選択』の記事の結びはこうだ。

「かつてワーグナーが暮らし、ドイツ最大のワーグナー協会があるヴュルツブルクの劇場は、創建以来初の≪神々の黄昏≫を上演する。演出は菅尾友。国中の口うるさいワーグナー愛好家が注目するこの超大作をドイツで演出した日本人は、過去にいない」

なんだ、日本のクラシックの未来には、ちゃんと灯があるではないか。『中央公論』も大友某も片山某も、自らの眼の節穴ぶりを猛省するべきではなかろうか。

経済週刊誌は2誌もいらない

似たような企画を、交互にやっているだけではないか?

ayaya030915.hatenablog.com当ブログで「週刊東洋経済」の宗教特集の記事を取り上げたのが、8月28日のこと。

それから1か月半、「週刊ダイヤモンド」の10月13日号は、「新宗教の寿命」と題して、ライバル誌とさして変わらない特集を掲載している。

dw.diamond.ne.jp比較しやすいので、前回と同じく「ワールドメイト」の記事を見てみよう。

週刊ダイヤモンドも教祖・深見東州のインタビューを載せている。週刊東洋経済をなぞるように、ワールドメイトの年間収入や、教祖の「うさん臭さ」について、好き勝手に語っている内容を垂れ流している。

ワールドメイトのポリシーは『ドリアン・くさや・ふなずし・納豆教』。臭いけど食べたら旨い。だから僕もうさんくさく見られていいんです。日本の全員によく思われるのは難しいですが、100人に1人が好きになれば、120万人のファンを持つことになる」

言い回しは、より面白くなったかもしれないが、中身は東経と同じである。

経済週刊誌が、なぜにこうして宗教を取り上げて、そろって同じ妙な人物に、同じ主張を繰り返させる必要があるのか。訳の分からぬ新興宗教の、宣伝をしているようにしかみえない。そして裏では、「闇広告料」でももらっているのではないか、と勘繰りたくなる。

こうした猿真似合戦をやる背景には、両誌とも「売れる企画」がなかなか見つからないため、一度ヒットが出たら、お互いそれを焼き直すしかないという事情がある。

つまり企画力の枯渇だ。

だったら、経済週刊誌は2誌もいらないではないか。

定期的に、似たような特集を読まされる読者は、やがて飽きがきて雑誌から離れていくだろう。宗教特集というモルヒネに手を出して、2誌ともヤクを断てないでいる。

無意識のうちの、緩やかな自殺ーー、といったら言い過ぎか。

 

移民を拒絶する現実逃避の国・日本

島国根性ゆえなのだろう。

極度の人口減少と高齢化にどう対処するかが、日本の課題であることは、みんな知っている。労働人口が減って困ってしまうことも、良く理解している。

だけど、移民はイヤ。だって日本人だけの方がいいもん。移民が入り込むと、地域のコミュニティーが崩れるし、治安も悪くなるもん。カネを落としてすぐ帰るインバウンド外人はいいけど、日本に住みつく移民はイヤだ。

多くの日本人の心情は、こんなところだろう。

要するに、現実逃避だ。

しかし、将来の日本の難題を解決するためには、移民受け入れを避けて通る事はできない。安倍政権が「単純労働の外国人は増やすが、家族の帯同は認めない」などと言い、移民政策を否定しようとも、そんな言い分は遠からず破綻するであろう。

 

『選択』10月号の巻頭インタビューは、ごく当たり前のことを、ドイツ人の学者が主張している。

日本は「移民強国」を目指すしかない | 【公式】三万人のための総合情報誌『選択』- 選択出版

日本の移民・難民の受け入れ政策は非常に厳格だ、との聞き手に答えて、「日本を将来どんな国にするのか、人口減少をどう補うのか。何も考えていないように見える」と断じている。

では、ドイツは?

「4年前、サッカーのW杯ブラジル大会前にドイツ代表が発表された。トルコ系やアフリカ系が多く含まれていたので、『これはドイツ代表ではない』という論争が巻き起こった。ドイツが優勝した後は、そんな声はかき消された。国民は、新しいドイツ人たちが高い業績を残したこと、ドイツがそういう社会の仕組みになったことを誇りに思った」

こう述べた後、大坂なおみの活躍に触れ、「日本人とは何か」を新たに考えるいい機会になる、と指摘している。

ドイツが多様性を受け入れて世界一を極めたように、移民を受け入れる寛容な精神を日本が持つことで、将来の難局を乗り越える活力を宿すことができるのであろう。

日本も早く、大人の国にならないといけない。

「台湾は中国との戦争に勝てる」のか?

ネトウヨとかが泣いて喜びそうなタイトルである。

www.newsweekjapan.jpイーロン・マスクの話ではない。「台湾は中国との戦争に勝てる」と題した記事のことだ。

もし中国人民解放軍が台湾進攻をしたら、圧倒的な軍事力・兵力で台湾軍は蹴散らされるのではないかーー。親中・反中を問わず、既成概念としてはそんなところだろう。

ところが記事は、そんなことはない、という。

まず、中国が台湾を電撃攻撃することはできない、との指摘。「大艦隊が海を渡る大掛かりな作戦で、『意表を突く』のは不可能だ。しかも台湾の情報機関は中国本土に深く潜入している」として、戦闘開始の60日以上前に異変を察知、日米も警戒態勢に入るだろうという。それだけの時間があれば、台湾の予備役165万人に戦闘への備えをさせることは十分できるとの主張には頷ける。

さらに、台湾海峡を渡れるのは、4月か10月の海況が良い時に限られ、加えて上陸ポイントも13か所しかないという。限られた兵員や武器でも守りを硬めやすいというわけだ。ホームの台湾側は地形などを知悉しているわけで、ブービートラップやゲリラ戦も展開できる。逆に不慣れな敵地に立たされる人民解放軍の歩兵(多くは貧しい地方の農村出身者)は、心理的に恐慌をきたす場面が多かろう。いや、上陸の前に、中国・福建省側の集結地には、台湾軍の高性能なミサイルが飛んでくるし、揚陸艦も誘導兵器の餌食になるだろう。潜水艦の魚雷、米国製の対艦ミサイル、そして初歩的だが効果的な機雷によっても、中国側は甚大な被害をこうむることになる。つまり、守る側の方が圧倒的に優位ということだ。

問題は、そうした冷静な分析が理解できない、台湾人の心の問題、と記事は憂える。「最近の世論調査によると、台湾人の65%が中国軍の攻撃を阻止する台湾軍の能力に『自信がない」ことが分かった」そうだ。「最も重要な戦場は、台湾人の心の中なのかもしれない」という筆者(「フォーリン・ポリシー誌のタナー・グリーア記者)の分析を、日米の「同盟国」は重く受け止める必要があるだろう。

『選択』10月号は、台湾の「喜楽島連盟」という団体が、来年4月に台湾独立の是非を問う住民投票の実施を目指していることを伝えている。

台湾独立「住民投票」の大博打 | 【公式】三万人のための総合情報誌『選択』- 選択出版

実現へと向かえば、中台関係は一気に緊張の度合いを増すであろう。それでも台湾人は自らの意思を決することができるかどうか、4月まで「心の中の戦場」で葛藤が続く。

 

「新潮45」休刊、天ツバの他誌

なにやら大喜びしているかのような朝日・毎日両新聞と系列メディア。

憎き右傾雑誌陣営の新参者(変節者?)『新潮45』が休刊となり、「ザマアミロ」といわんばかりのお上品なバッシングが続いている。同誌に同情の余地は何らないが、しかし、水に堕ちた犬を叩くかのような他メディアにも全く共感できない。

そんな中の1つ、休刊の瀬戸際という点で同じ立場のはずの『サンデー毎日』を読んでみた。

サンデー毎日10月14日号は10月2日発売。 | 毎日新聞出版

「LGBT差別と『言論』 『新潮45』休刊騒動 私はこう考える!」と題した記事だが、もう新聞などで言い尽くされている話ばかり。「休刊すべきでなかった」「検証記事を載せてからにするべきだった」、といったような、別に識者でなくても、新橋の飲み屋にいるオヤジでも言えそうなご意見が続く。

体験に基づいた情報が含まれていて「そうなのか」と思わせてくれたのが、エッセイスト(だったの?)小島慶子氏の指摘。「新潮社の校閲部は作業の緻密さに定評があるのに、どうしたことでしょう。私自身、同社から本を出版した際には、的確な赤字に何度も感謝しました。それだけに基本的な表記ミスがなぜそのままになっているのか、不思議でなりません」

性的嗜好」との表記は、「性的志向」が正しい、との指摘の中での一文。それほどの校閲部ならば、表記の正誤のような小さい話ではなく、記事そのものが誤解・誤認に満ちていると指摘して、掲載を阻めばよかったのに。それが無理でも、出版すべきではない、と一言声をあげていれば、と思わずにはいられない。

届いたばかりの『選択』10月号(選択出版)では、問題記事は「編集長の独断で、部内でも特に議論もなかったようだ」と社員のコメントを載せている。社内情報によると、実売部数も「7000部を切りそうなくらい」まで落ち込んでいたのだとか。右傾路線は、断末魔に喘ぐ中での窮余の策だったのだろう。

部数がどれほど低落しても、新聞社のメンツにより発行が続くゾンビ雑誌『サンデー毎日』や『週刊朝日』が、他誌の自滅を嗤うのは勝手だが、明日は我が身ではないのか。私の記憶が確かなら、「ハシシタ」連載で人権問題になったのは『週刊朝日』だったと思うが。

雑誌はいつだって、人権侵害スレスレのところで記事を打ち、行き過ぎて道を外れることもしばしばであろう。「他山の石」と自戒を込めている媒体が、全く見当たらないことこそが、今回の騒動が炙りだした一番の問題であるように思う。

防衛費が膨張するのになぜ自衛隊は強くならない?

中身の予想はつくが、しかしタイトルを見ると不思議な話である。

防衛費膨張でも 「弱体化」する自衛隊 | 【公式】三万人のための総合情報誌『選択』- 選択出版

 

時あたかも、安倍首相が訪米して、日米貿易協議をしているところ。

日本車に25%の関税をかけられるかどうかの瀬戸際、安倍さんとしては米国製兵器の「爆買い」をしてでも、貿易不均衡是正のための努力を見せなければならないのだろう。

そうして買い込む米製兵器が、自衛隊強化にはつながらず、ただ税金が米国に吸い込まれているだけだとすると、バカをみるのは納税者、ということになる。

手っ取り早く高額兵器を買うとすると、陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」が1基1300億円、F35ステルス戦闘機が1機100億円以上でこれを数十機購入。危ない輸送機オスプレイも1機100億円超で17機を「大人買い」する。

選択出版のリンク記事によると「安倍政権は2015年、防衛費に限定して分割払い期間を10年まで認められるようにした」そうだ。このため、「防衛費は毎年伸びているものの、ツケ払いが膨らんでいるため、多少増えても借金に回ってしまい、実態の伴う防衛費は増えない」というから、驚くではないか。「18年度の後年度負担のローン累積は5兆765億円」と、火の車の状況だという。

言うまでもないが、F35だけで日本の空が守れるわけでもなく、陸上イージスは使用習熟のための運用経費がかさむ。オスプレイはメンテナンスが難しいシロモノのようだ。

ちょっと例にあげた装備だけで巨費を使ってしまっている現状は、現実的な国家防衛にとって、危険と言わざるをえないのではないか。島国・日本には島嶼防衛力など、現実的な課題がいろいろあるはずである。

こういうことについて、保守を標榜する人たちは、あまり問題視しているように見られない。いや、むしろ安倍首相に対して、明らかに無批判な論客風の人が多すぎないだろうか。

記事は「防衛装備の肝を米国に極度に委ねていく今の在り方を見直さなければ」、「首相のキャッチフレーズである『日本を、取り戻す』ことも、『この国を、守り抜く』ことも空念仏に終わってしまう」と結んでいる。

その通りであろう。